てすかとりぽか
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『K-20 怪人二十面相・伝』 個人的乱歩作品ランキング
K-20 怪人二十面相・伝

2008年の日本映画。佐藤嗣麻子監督作品。

公開当時凄い観たかった筈なのに、DVDになってるのをすっかり忘れてました。ずっと宅配レンタルばっかり続いた後、ふと久々にレンタルショップに行くと、見忘れてる作品をたくさん見つけます。んでも、結局返しに行くのが面倒なので、メモして帰って宅配レンタル予約をするんですが。そりゃ、レンタルショップもなくなっちゃうよな…。

んでも、観はじめたらなんか違和感が。これ、江戸川乱歩の『怪人二十面相』じゃないん?

調べてみたら、北村想という人が乱歩の影響を受けて書いた同名小説が元らしいのです。思うさま、乱歩のソレだと思ってたので、なんかすごいがっかりです。乱歩乱歩詐欺ですか?もう観なくていいですか?とか思いましたが、観たら存外に面白かったので好しとしましょう。乱歩作品とは全くの別物と思えば楽しめます。

そもそも乱歩作品は、自身の趣味嗜好に関する原初体験にあたるものなので、ちょっと意識してしまうのです。

自分は小学生の頃、休み時間もずっと図書室に引き籠って、『江戸川乱歩・少年探偵シリーズ』全46巻をよみふけっているような駄目ガキでした。読書という趣味習慣を持つようになったのは、まさに乱歩先生のせい…じゃなくて、おかげなんですよね。文章について「読み手を意識して書く」ようにになったのもまた同様に然りで。

クトゥルーや海外ホラー、筋肉少女帯に興味を持つようになったのも、正にその派生なわけです。

『少年探偵団シリーズ』を読み終えてしまうと、他の乱歩作品も読みたくなるわけですが、子供なので本を買うお金なんか持ってないわけで。誕生日とかクリスマスとか、特別に何かを買ってもらえる機会を見計らって、親に乱歩作品をねだってみたことはあるんですが、「なんでそんな本を読むんだ!」って怒られたのを覚えています。

そりゃそうですよ。親世代から見たら、カストリ誌に載ってるような変態官能小説家ですもん。

そいでもまぁ、中学生になってお小遣いも儘なるようになってから読んだ作品も多いですが、兎に角一番好きな小説家だった時期が長い作家です。未だに、復刻版がでると手に取ってしまいますもの。そんなわけで、映画観たせいもあってか乱歩熱が再燃してしまったので、個人的乱歩作品ランキングでもやってみましょうか。

ていうか、印象が強かった作品ランキングかな。読んだの昔すぎて覚えてないのもあるので。

1.『芋虫』

今年『キャタピラー』で映画化されますが、映像化可能な作品とは思ってないので期待してません。何の自主規制もなく映像化できるとは到底思えないですし。中学生ぐらいで読むと確実に2,3日は寝込むぐらいのトラウマ作品です。すぐ「ならば戦争だ!」とか言う馬鹿にはぜひ読んでほしい最高の反戦作品でもあります。

2.『地獄の道化師』

これを読んで完璧に乱歩にはまったような気がします。トリック、アリバイ工作、真犯人、動機、そして猟奇性。どれをとっても乱歩作品の中でもトップクラス。よくも、こんな作品をしれっと児童向けの『少年探偵団シリーズ』に入れておいたもんだよなーと。この作品の収録巻だけは、何度も読み返した覚えがあります。

3.『鏡地獄』

生まれて初めて読んだ「発狂オチ」の話。球面の裏側一面に鏡を張り付けて、その中に入ったらどうなるだろうかという、ほんのそれだけの話なんですけど。誰か本当に実験した人いないかなーとずっと思ってて。大人になって3DCGのソフトを入手した時、これで実験できる…と思ったけど、怖くてできなかったです。

4.『三角館の恐怖』

何故かこの収録巻だけ図書室になかったので、小遣いをためて買いました。買ったせいもあってか何度も何度も読んでましたが、後で思い返すと乱歩作品の中でも珠玉の本格ミステリだった気がします。ていうか、この影響を受けて、初めて自分で推理小説なるものを書いたりもした。今原稿が出てきたら瞬時に破り捨てるけど。

5.『怪人二十面相』

兎に角、これを抜きに乱歩は語れない一冊。逆に、この回以後の二十面相は、どんどんまるで駄目なオッサン街道をまっしぐらなので。単なる、世間を騒がせて喜んでるだけの愉快犯、というか可哀そうな中年になっていくので。だから、『K-20』は本作の映画版だと思って本当に楽しみにしていたのですよもー。

6.『孤島の鬼』

おそらく、乱歩作品の中で世間一般の評価が一番高い作品。最高傑作として名高い作品がコレなんじゃないんでしょうか。同性愛、奇形趣味、SM、人形フェチ、のぞき、そして殺人と、乱歩ワールドの集大成ともいえる本作ですが、個人的にはソッチ方面の乱歩はそんなに好きでもないんですよね。

7.『夜光人間』

怪人二十面相の劇場型犯罪がエスカレートし、完全にダメなおっさんに成り下がった作品がコレ。逆の意味でショックだったのでよく覚えてます。全身に夜光塗料を塗りたくり、夜の街に出ては通行人を驚かせ、黒の全身タイツを上から着こむことで消えたように見せかけるという…。『孤島の鬼』書いた人の作品なんだろうか…。

8.『心理試験』

『少年探偵団シリーズ』では、『地獄の道化師』と同巻に収録されていた短編。犯人視点から、心理テスト(嘘発見器)の攻略という極めて斬新な物語を描いた作品。ほんとよくこんな作品を児童向けにしたものだなと…。でも、おかげで嘘をつき通すためのコツを幼少にして知ることができたので、このとおり酷い大人に成長しましたよ。

9.『パノラマ島綺譚』

これも乱歩を代表する奇作で、初めて読んだ当時は好きだったんですけど。あまりに自称アングラ人間や自称サブカル人間に愛好され持て囃されるせいもあってか、素直に評価しにくい作品。これの漫画版を読んだだけでも、まぁとりあえず乱歩好きは自称できるので、入口としては便利っちゃ便利です。

10.『虫』

「虫、虫虫、虫虫虫、虫虫、虫虫虫、虫虫、虫虫、虫、虫虫、虫虫、虫、虫虫虫虫、虫虫、虫虫虫、虫虫、虫虫」
文字の羅列だけでグロ描写ってできるんだ。って思い知らされた画期的な作品。

うん。やっぱり色々思い出すのに苦労しました。
個人的ラヴクラフト作品ランキングの方がだいぶ楽そう。

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『HACHI 約束の犬』 ネオ・シブヤ
HACHI 約束の犬

2009年のアメリカ映画。ラッセ・ハルストレム監督による、『ハチ公物語』のリメイク作品。

『ハチ公物語』は、自分が小学生の時に劇場で観た作品なので、非常にその1シーン1シーンをよく覚えている良作です。下調べなしに友達と映画館に行ったところ、それと『漂流教室』しかやってなかったので、仕方なくこちらを観たという経緯までよく覚えています。今思えば、『漂流教室』も観ておくんだったなーと。

『漂流教室』の映画は、なんか化け物が顔からドバーッてうどんを出してるポスターだけ覚えてます。

そんな『ハチ公物語』のハリウッドリメイクなわけですが、ハリウッドといえば『ドラゴンボール』をあんなにしてしまった呪われた土地なので、正直信用していませんでした。ハチ公を「かわいさのかけらもないフルCG」で再現したり、『ベイブ』みたいに表情を弄ってしゃべらせたりとかやるんじゃないかと思ってました。

または、米軍が開発中の「戦場の死体を燃料化する犬型軍用ロボット」を主役に添えた全く別の物語とか。

でも、観はじめると意外と元の話に忠実なようです。ちゃんと秋田県を使ってくれたのも良かったです。「アキータ犬」って呼ばれてましたけど。なんか『ニキータ』みたいで格好いいですね。まぁ、最後まで気は抜けないですけれどね。『フランダースの犬』なんか、ハッピーエンドで誰得?な感じにされましたからね。

そもそも、パトラッシュなんてなんか黒くてモッサモッサした犬種でしたからね。

そういえば、時々映像がサーモがかっている時があるなーと思ったら。あれはハチ視点なんですね。ただ、視点まで同期させてくれなくても、無表情から読み取れる動物の気持ちだからこそ…とは思うんですけどね。正直、プレデター視点みたいで怖いです。まさか「実は宇宙人でした」みたいなオチはないだろうね。

『ノウイング』観た後だから、アメリカ人の「宇宙人信仰」について信用できないんですよ。

あと『ハチ公物語』と違うところと言えば、駅前の焼き鳥屋がホットドッグ屋になっていたことぐらいでしょうか。犬とドッグをかけたんでしょうか。他にはリチャード・ギアが音楽教師とかその程度で、原作へのリスペクトなんでしょうか、本当に忠実になぞられています。最後に駅前に銅像が立ってしまうあたりまで…。

え…?銅像立てちゃったの?
ていうか、「シブヤ」って言ったよな今?
ここ渋谷なの!?もしくは「ネオ・シブヤ」なの!?

いやまぁ、確かに。史実を元に(英語で言うとノンフィクション)映画化されたものなので、撮影された土地がどこであろうが、設定上の地名は変えちゃまずいんでしょうけど。ただ、日本の街に見せようという気は欠片もないようですし、アメリカのどこかの片田舎にある「シブヤ」という小さな町の物語と理解するのが正しいようですね。

そして、動物ものには自分本当に弱いです。泣けます。いい映画です。

『機動戦士ガンダム F91』 不適切表現考
引き続き、『機動戦士ガンダムUC』熱に浮されて過去ガンダム作品視聴。

機動戦士ガンダム F91

劇場版DVDを視聴。UCとの関連性は「世界をさっぱりさせんと。」とか「家族の問題だから。」とか、テキトーな理由で戦争が起きているという点。マジレスすると、可変モビルスーツ「ロト(戦車みたいなやつ)」に酷似した「ガンダンクR-44」が出てくること。『グレートメカニック DX12』最新号にも、その関連性について触れられてます。

で、この『F91』は、数あるガンダム作品の中でも情報の密度が突出して高いので有名です。

それは冨野監督の作品全てにおいて言えることなんですが、その中でも本作は特に。そのせいか、「ぶっちゃけ意味がわからない」という評価をされてることも多いです。今回観て気づいたけど、1シーンの画面上に、同時に2つも3つの物語が走ってることがありますし。そんなことやってる作品は他に知りません。

その例がわかりやすいのが、「アーサーなんだぜ?」で有名なあのシーンの前のパート。

ガンダンクが被弾しアーサーとロイが吹っ飛ばされた後。画面上の表現と台詞で、同時並行で複数の状況が説明されます。1.アーサーは死んだけどほっとこう。いやほっとけない。2.ロイ館長がいない。3.シェルターには鍵がかかっていて、ロイ館長が封鎖しているらしい。4.赤ん坊が耳をひっぱってうざい。

こんなの一度に理解できるかぁっ!!

いやでも、御大はこの状況を正確に理解させたいのではなく、「非常に混乱しているという状況を表現したい」だけなんだと思います。でも、こういう複数の情報が同時提供されるような状況がずっと続くので、かなり能動的に観ないと話がわからなくなるのも確かです。なにげなく受動的に観てると、すぐに何が何だかわからなくなるし。

なので、今回は「わかりづらい」と評判のアンナマリーさんとザビーネさんの関係に注目して観てみました。

アンナマリーさんの裏切りの理由については、画面をちゃんと見て、台詞も一言一句聞き逃さないようにしないとわからない。しかも、アンナマリーがその理由を口にするよりだいぶ前のシーンにおけるザビーネさんの「ロナ家に取り入る」挙動を注視してないと、アンナマリーの一方的な思い込みとしか見れなくなるし。

何より、ザビーネさんは、それほどロナ家に取り入ろうとか思ってないようにも見えるんですよね。
セシリーのおじいちゃんから「ベルガ・ギロスもう一台買ってやるから」程度に買収されてるだけにも見えます。

機動戦士ガンダム00 スペシャルエディションIII リターン・ザ・ワールド

DVDで視聴。UCとの関連性は「最新のガンダム作品」というだけ。ただ、『UC』や『F91』を観てからだと。『00』がいかに平易な言葉の羅列だけで語られているかがよくわかります。それは悪いことではないし、もっとライトな層に売るために必要な施策だとは思いますが、個人的にはちっとも面白く感じないのは確かです。

まぁ、モビルスーツがカッコいいから話はどーでもいいんですけどね。

そもそも『00』の後半は、前半広げた大風呂敷をしまうためだけの物語。立てたフラグを順当に、何の意外性もなくただひたすら順当に回収するだけの、玩具のプロモーションビデオなんですよね。自分はそのつもりで観てますので文句はありませんし、劇場版にも期待しています。プラモとゲームのための宣伝映画として。

でも、最近のガンダムのスペシャルエディションといえば「不適切シーンの追加」がお約束なんですけど。

『SEED』の件は言うに及ばず、『00』のIかIIでも「男同士が素っ裸で乳繰り合うシーン」(乳繰り合っていたというのはさすがに言い過ぎかも)がわざわざ追加されていましたし。今作はテレビ版であった「ロックオンと女が上半身だけ服を着て同衾」というシーンを新作カット&新曲BGMつきでより不適切な感じにすると思ってました。

実際は、貧乏姫の朗読シーンの削除という、「テレビ版で不適切だったシーンの修正」でしたけど。

さすがに、ラストバトルの一番盛り上がってるシーンにあの空気女の歌と朗読を挟むというのはないと、制作陣も反省したみたいですね。おかげで、最後の戦闘も大幅に新作カットが追加されて、それだけでもスペシャルエディションを観た価値はあったかなと思います。でも、当然あると思ってた劇場版予告はなかったけどな。

『機動戦士ガンダムUC』 袖付きの由来
機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)episode 1: ユニコーンの日

福井晴敏原作小説のOVA版。DVDを購入した先週から毎日エンドレスで垂れ流して観ていたので、もうスーパーでピーマンを見てはクシャトリヤを思い出し、NHKの『いないいないばぁ』のワンワンを観ては、ガランシェールのクルーの声を全自動脳内再生するぐらい、ひどい中毒症状が出ています。

そもそも、ユニコーンが狡いのは、宇宙世紀の過去作品のいろんな要素を掻い摘んで来ているということろ。

小説版の原作者の福井先生は昔からのガノタで、過去の先生の作品を読むだけでも、だいぶガンダムに触発されたネタが多いのがわかります。逆に、自身の小説に登場した架空の兵器をガンダム小説(『∀ガンダム 月に繭 地には果実』)でも登場させちゃったりと。本当に節操のない御人なのです。

だもんで、先週末は宇宙世紀モノの関連ガンダム作品を観ながらツイート垂れ流し。以下そのまとめ。

機動戦士ガンダムΖΖ

DVD最終巻を視聴。UCとの関連性は、クシャトリアがクィン・マンサの後継機だったり、マリーダがニュータイプ部隊の生き残りだったりとか。あと「袖つき」の意味由来するところは、旧ネオジオンの連中がみんなノースリーブに変な肩当てとか80年代全開ファッション、所謂「袖無し」だったため、その反動だったりという話。

北爪先生の絵は時代とがっつり寝てるのに、安彦先生の絵は時代を選ばないので凄いよね。

機動戦士ガンダム 逆襲のシャア

DVDで視聴。UCとの関連性は、時代的にその直前の話なので、モビルスーツがほぼまんまだったり、サイコフレームに関する説明があったり。それにしてもクェスはいつみてもイラッとするなぁ。いや、冨野御大はもちろん狙ってやってるので、いい仕事なんですけど。「アイ ヘイト クェス Tシャツ」を作ったら売れるんじゃないかなぁ。

それなら、『スパイダーマン』グッズで「アイ ヘイト MJ Tシャツ」を作った方がいいなぁと思いました。

あと、レズンさんはもっと評価されてもいい気がする。タレ目美人だし。青いギラドーガ格好いいし。機銃でやられたけど。なにげに、mixiのコミュも24人いるので、自分も入ってみた。「俺もあの青いギラ・ドーガに乗りたい。」「俺もニュータイプが嫌いだ。」「あの目つきがいい。」とか、良コミュだと思います。

機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争

DVDで視聴。UCとの関連性は、そのなんだ、特にないんですが。「威張れる相手がいなくなると困る。死ぬんじゃねぇぞ。」って言うガルシアのツンデレ台詞がたまりません。その後ガルシアは、アレックスに爆弾を仕掛けようとして失敗。辛くもアレックスを巻き込んで自爆。アレックス無傷。報われない。

ケンプファーで出撃したミーシャ。チェーンマインで攻撃するも、アレックス無傷。ミーシャ死亡。報われない。

最初から最後まで、全てがアレックスの装甲の前に報われない作品。だからこそ何度観ても泣けます。対戦ゲームの『ガンダムVSガンダム』でアレックス使うと、その性能的に凸格闘しかやることないんですけど、そんなスペックをみるだけでも涙が出てきます。「これ、どのへんがニュータイプ専用機なの?」という疑問とともに。

機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY

DVDで視聴。UCとの関連性はメカデザがカトキハジメ。本作の特徴についてアンケートをとってみると、66%ぐらいの人が「ニナがむかつく」と答える作品。でも、mixiのコミュ人数を見る限り、ニナそんなに不人気でもないんですよね。本作のヒロインであるシーマ様ほどじゃないですけど。

【『0083』主要女子キャラmixiコミュ人気ランキング】
シーマ:1185人、ニナ:186人、ルセット:14人、モーラ:2人、ラトーラ:なし

モーラ…。

でも、個人的にはラトーラはもっと評価されるべきと。あの幸薄さは、ミハルをも凌駕すると。

旦那がもうずっと戦争のこと諦めきれなくって、変なカニみたいなモビルアーマー自作しちゃってて。でも、そろそろ諦めるかと思ってたらウラキがやってきて手伝っちゃって完成させちゃって。それで出撃した旦那はこんどはそのウラキに殺されちゃって。ここまで主人公によってどん底に叩き込まれたキャラもいないですって。

機動戦士Vガンダム

DVDで最後らへんを視聴。UCとの関連性は「地球をバイク乗りの楽園としたい」とか、そういうわけのわからない理由で戦争が起きているという点。あと、個人的にはカテジナさんの悪逆非道っぷりも好きですが、裸に剥いた少年を風呂に沈めて洗脳しようとするルペ・シノさんの気持ち悪さは最悪に最高だと思うので。

やっぱり、このころの冨野御大はちょっと、いや相当おかしかったとしか…。

とりあえず、『GUNDAM WAR』(カードゲーム)をもしやってたら、トムリアット(ルペ・シノ機)、ゲドラフ(ルペ・シノ機)、ドッゴーラ(ルペ・シノ機)、ブルッケング(ルペ・シノ機)を揃えてルぺ・シノデッキを作るところ。それはもう、余裕で。でも、mixiにルペ・シノコミュはないんだよなぁ。そりゃ、ないだろうけど。

『ノウイング』 昔話
ノウイング

2009年のアメリカ映画。アレックス・プロヤス監督作品。

50年前に埋められたタイムカプセルから出てきた不可解な数字が羅列した一枚の紙。その紙を持ち帰ってきた少年の父親である物理学者の主人公は、その数字の羅列が過去50年とこれから先に起きる未来の出来事を予言したものだと気づきます。そして、最後に書かれた数字は人類の存亡に関わるものなのでした。

タイムカプセルについては、少々複雑な思い出がある自分です。

うちの地元では、小学校を卒業する際に、二十歳の自身に宛てた手紙と品物をタイムカプセルに埋めるという習わしがありました。自分が手紙に何を書いたのかはとうに忘れてしましましたが、当時流行したミニ四駆を入れたことはしっかり覚えています。他の子が何を入れたのかは覚えていません。ただ、一人を除いては。

O君がゲームボーイを入れたということは、自分のこと以上に鮮明に覚えています。

O君はとてもお金持ちの子でした。当時、まだ発売されたばかりで、持っている子すら少ないゲームボーイを、惜しげもなくタイムカプセルに入れてしまうということからも計り知れます。自分はただ羨望という感情のみでその光景を見つめていました。嫉妬という感情がわかなかったのは、彼の明るい性格によるものだと思います。

そんなO君が自殺をしたと聞いたのは、自分が大学に入ったばかりの頃だったでしょうか。

中学ではそこそこの仲良しだった彼とも、自分が県外の高校に行くようになってからは全く連絡をとらなくなり、なかば存在を忘れかけていた矢先の出来事でした。その連絡を地元の友達から受けた瞬間の光景(ゲーセンでのバイト中のこと)も含めて明確に脳裏に刻まれています。初めて知る友人の死というものでした。

何故?どうして?よりにもよって、お金持ちで明るくて頭もいいO君が?

死因は自宅での首吊り。遺書もなく、その原因は不明。葬儀に出た友人の話では、家族は誰も彼の死を悲しんでいる様子もなく、その様子をみた小学校時代の担任の先生が憤りをみせていたということ。そんな話は嘘だ。子供の死を悲しまない親などいるはずがない。暗澹たる気持ちでその知らせを聞いたのも覚えています。

そして、その翌年、O君のお姉さんもまた、首を吊って自殺したという話を聞いたのです。

いくら田舎とはいえ、そう頻繁に自殺があるわけではありません。凶作で食うに困った老人が農薬自殺するというのは、もう昭和の話です。このため、地元では当分の間、O君の家にまつわる噂話は絶えませんでした。それは、田舎特有の陰湿で突拍子もないインスマス並に妄想の過ぎた話なので、ここでは伏せておきます。

結局、タイムカプセルは掘り出さずじまいでした。

小学校の卒業文集を観ると、タイムカプセル連絡網のトップには、自分の名前が記されています。つまり、自分が誰かに連絡しない限り、タイムカプセルは永遠に掘り出されることはありません。そもそも、もうどこに埋めたかは忘れちゃったし、違う地元の誰かが主導して人を集めて掘り出しちゃったのかもしれないなと、思ってます。

いや、そんなのは所詮いいわけなんです。
タイムカプセルの思い出から、O君の思い出から逃げてるだけなんです。
そして、何よりも、そのO君を辱めるようなことを平然と言う閉鎖的な社会に帰りたくないだけなんです。

…と、そんなことを思い出しながら本作を観ていました。映画自体はよくできていて、冒頭のうす気味悪さも、大参事のシーンも、ラストに向けた盛り上げ方も非常にうまいと思います。ただ、この映画の好き嫌いは、ラストのオチを許容できるかどうかだけにかかっているんでしょうね。『サイン』がイケる口の人ならイケるでしょう。

『トランスフォーマー/リベンジ』 最低映画考
トランスフォーマー/リベンジ

2009年のアメリカ映画。マイケル・ベイ監督。

前作は映画館に2回も足を運ぶほどだったのに、なんだか今作は気乗りせずに見るのが遅れまして。さらに、昨年のラジー賞で最低映画賞、最低監督賞、最低脚本賞を受賞したことでさらに遠のき、レンタルDVDが準新作になった今になってようやく重い腰を上げるという結果になってしまいました。

でも、世間一般の評判は上々なのに、何で最低映画なの?と気になってはいたんですね。

そのへん、色々調べてみて、やっぱり「糞映画だ!」っていう批評は数多くみかけはするものの、具体的に何がどのように糞だって理由を書いてある批評はほとんどなかったんです。その数少ない否定理由も「ハリウッドの悪いところが全部詰まっている。」とか非常に抽象的なことしか書いてなかったりと。

ハリウッドの悪いところって、なんとなくはわかるけど、それって単なるメジャー嫌いの中二病じゃない?

そういうわけで、自分なりにそのダメな部分を考えながら観ることになってしましました。本当はそんなネガティブな思考で作品を楽しむのとかは好きじゃないのですが、「ラジー賞受賞作品」っていう事実が厳かな呪いとなって、そういう風な観方を強制してしまうのだと思います。まぁ、それも含めて映画の売り方なんでしょうけど。

でも、実際観てみたら、本当に酷かったので安心しました。本当に酷い。

頭ごなしに貶すのもどうかと思うので、まずは良いところを褒めておきましょうか。とりあえず、CGバリバリのアクションシーンや変型シーンは前作に引き続き凄いですね。あとは、原潜に空母にF-22にSR-71にプレデターミサイルにレールガン(アレまじで実戦配備してんの?)とミリオタ大歓喜の軍兵器オンパレードでしょうか。

スミソニアンのエノラゲイとか、変型して正義のロボットとして戦いはじめたらどうしようかと思いましたよ。

とりあえず、そういう限定された部分だけに期待するんだったら、とても満足できる作品だと思います。でも、普通に2時間以上ある長大な映像作品なので、アクションシーン以外にも期待してしまうのはごく当たり前。しかし、そんな非戦闘パートにこそ、本作の闇がひしめいているのです。要約すると以下3点。

■リア充すぎ。

前作は主人公がナードで、それでもがんばって女の子を口説いて徐々にリア充に近づくという普通にいい話だったんですけど。本作ではその彼も最初から立派なリア充で、しかも大学生活をエンジョイするお話に。しかも、そのマイケル・ベイ節全開で描く学生生活が、もう『ハイスクールミュージカル』顔負けのアホさ…。

アメリカの学生は、男女共同の学生寮に住んでで毎日見境なくハメまくってるのが当然かのような…。

おそらく、本シリーズのファン層にそんなリア充は1%もいないと思いますよ。少なくとも日本国内においては。その残りの99%は、そんな輩に対しては静かに殺意を覚えるか、「なんだ、三次元の話か。」と実在を否定するか、いずれにしても多くを語らないとは思います。ただ、「糞映画」という3文字を残すのみで…。

■下品すぎ。

で、そのリア充どもが下ネタばっかりで笑いをとろうとするんだわ。もうね、リア充が珍子万個いう下ネタほど笑えないものはないんだわ。前作では、スピルバーグが関わってたせいもあってか、ウィットに富んだ全年齢向けのギャグがほとんどだったんですけど。マイケル・ベイだけになったら金玉ギャグですか…。

おそらくはローティーンを狙ってんだろうけど、いまどき中学生だって笑わねえよこんなの…。

あと、グロ描写。厳密にはロボットグロ描写。ロボットの破壊描写が妙にネチっこい。人間でいうなら、内臓引っ張り出して端からハサミでチョキチョキ切り出すような悪趣味さ。個人的にグロ耐性はある方だと思うけど、この悪趣味さは異常。しかも、ちゃんとロボットが痛み感じてる演出をした上でですからね…。

そんな所詮やつら機械だし。って思う人は、『ウォーリー』とか『鉄腕アトム』とか観ないでほしいわ…。

■まとまり悪すぎ。

別に、終始アホで下品でグロい馬鹿映画だってんなら良かったんですよ。んでも、根底には世界の危機という重いテーマがあって、そのために人もロボットも大勢死ぬし、またそれをシリアスで悲惨なことだという視点からも描こうとしています。なのに、それを金玉ギャグで笑い飛ばそうとしてる意図もまた見受けられて…。

例えるなら、ブルース・ウィリスが常に金玉の例え話しかしない『アルマゲドン』みたいな…。

ん。なんか自分で言ってて観たくなってきたそんな『アルマゲドン』。とはいえ、本当に方向性のまとまりのない作品です。結局、「ハリウッド超大作の要素」を全部入れて混ぜ込んでみたらそんな感じにならざるを得ないとは思うんですけど、それをやろうと思ってできるのは、逆にマイケル・ベイ監督の凄いところだとは思います…。

…とまぁ、こんな感じですが。ラジー賞の呪いさえなければ、今頃自分みたいな中二脳は「CGすげー!超すげー!」と大絶賛のエールを贈っていたことでしょう。そういう、賞とり映画の呪縛って本当に怖いですね。アカデミー賞受賞作のアレなんかも、たぶん観たら「超すげー!」って言っちゃいそうな気がします。内容に関わらず…。

『シャーロック・ホームズ』 知ったか
シャーロック・ホームズ

2009年のイギリス映画。ガイ・リッチー監督作品。

子供の頃からシャーロック・ホームズが大好きで、一日中読んでして過ごす日も多々あります。はっきり言って、シャーロック・ホームズオタクとかシャーロッカーとかシャーロッキーと呼ばれるレベルです。かなりマニアックな登場人物も好きで、特に好きなキャラクターはワトソンです。

嘘です。

矢口真里の知ったかテンプレがかっちり当てはまるほど、シャーロック・ホームズについては何も知りません。唯一知ってる情報は、「バリツ」という日本式の格闘技をやっているということぐらいです。(大槻ケンヂがことあるごとに本に書いているので。)

そもそも、「シャーロッキアン」とか何やねん。とぐらい思ってます。

それは、先日会社の上司が「オレ、明日『シャーロック・ホームズ』みにいくんだよね。」というので、ああ左様ですかそうですかとテキトーに受け流していたところ、「オレぐらいのシャーロッキアンならまぁ当然だけれどね。」とか。心の中で何かざわざわした感情にあわせて音楽が奏でられます。

「殺る気スイッチ君のはどこにあるんだろー♪ 教えてあげるよ君だけの殺る気スイッチー♪」

もう、なんというかそういう「トレッキー(スタートレックマニア)」とか、「ハルキスト(超人ハルクマニア)」みたいな、特定の作品群に対する趣味嗜好のカテゴライズをするのはいいんですけど。なんかソレをファッションにしてるような人をみるとなんかイラッとするのです。本当にそういうの好きな人は、声高に自称しないからね。

話は逸れに逸れましたが、内容の方は思いのほかアクションシーン(バリツ?)が多くて楽しめました。

ホームズは喧嘩が強いうえに頭もいいので、喧嘩に勝つためのセオリーを前もって頭の中で考えてから、それを正確に実行することで勝つタイプのようです。それが劇中でもうまく表現されていて、おそらくこれ考えた奴は『Fallout3』の「V.A.T.S.(Vault-Tec Assisted Targeting System)」をモチーフにしたんじゃないかと思ってます。

あと、これはミステリではないんだなーと。どちらかというと、キャラクター小説なんだなーと。

原作は未読なのでどうかは知らないのですが、今作は謎解きよりも、キャラクター同士のかけあいを楽しむのがメインのように感じてしまいます。それもまさに男同士でキャッキャウフウフする感じの。腐女子狙いのBL映画という評価を多く見てはいましたが、確かにそれは否定できないなあ。腐ってない女子でもない目で見ても明らか。

だって、女性キャラクターの扱いがものっすごく雑なんだもん笑。

ヒロインの女泥棒にしても、ワトソンの婚約者にしても、全然魅力が感じられない。特に女泥棒は、原作厨の人に言わせると「彼女はあんな峰不二子みたいなスベタじゃねえ!」というそうなので、だいぶイメージ悪く描かれているんだそうです。自分もあの娘のことは「化粧が濃い大竹しのぶ」にしか見えませんでしたし。

それでもまぁ、非腐女子の人でも十分楽しめる程、よくできた映画なので安心です。

逆に、ファッションとして「腐女子」を演出している方、これからしようとしている方には入門編としてオススメです。最近多いですからね、「私って実は腐女子なんです~!」って急に自称しだす子。聞いてもないのに。何より、リアル腐女子の人はそういうにわか参入に対して非常にヘイトが高いので、気をつけましょう。

『劇場版 涼宮ハルヒの消失』 考察考
"アニメ映画のタイトルに半角スペース空けて「考察」ってタイトルつけると、アクセス数が跳ね上がる。"

というのは、あくまで自分個人による経験則と統計により得られた、ブログのアクセス数が急上昇した際の一要因にすぎません。さらに、つけ加えるなら"封切当日かその数日以内にそれを行うこと"と、"最低限は考察っぽく読める小賢しいネタをでっちあげること"も必要条件に含まれるかなと思います。

今回はその必要条件のうち2つを満たしていませんし、そもそもアクセス数を稼いでアフィリエイトで大金持ちだぜって考えは持ち合わせてもいないのでどうということはないのですが。ほんとにその3つの条件を実行するだけで、見ず知らずの人がたくさん押し寄せてきてレスをくれたりするようになります。統計的な数にも出てます。

そんな馬鹿な。と思われるかもしれませんが、特に3つ目の"最低限考察っぽく読める小賢しいネタのでっちあげ"に関しては、劇中にあった意味深な台詞や単語を帰ってからぐぐったりWikipeで調べたりして、元ネタっぽい話を書いただけ(もしくは他の物語や神話からでっちあげただけ。)なのに、感心してくれる人もいるのです。

そうした嘘のでっちあげ話が、いろんな場所でポストされ広がることにより、いつしか「正式な元ネタ」としても扱われるようになったり、巡り巡って他人から聞かされたりすると、ひどく罪悪感を感じます。でも、似たような悪辣なことを考える人はどこにでもいるんだから、自分のせいって思うのは自意識過剰ですけどね。

というような話を書いたのも。この映画、考察するようなことがホントに何もないんですよ。

劇場版 涼宮ハルヒの消失

2010年の日本のアニメ映画。石原立也、武本康弘監督作品。

最近のいわゆるヲタ向けアニメ映画(であることは誰も否定しないとは思いますが。)にしては珍しく、あれこれ考察させる余地を挟まない、観た後にモヤモヤが残らない、良い意味で期待を裏切る清々しい作品でした。あまりに疑問符が少なすぎて、所謂「考察ヲタ」の人たちは不満かもしれませんが、個人的にはこれで好いです。

そもそも、昨今のアニメ映画は「深読まれ」を狙いすぎです。あのジブリですらそうです。

まぁ、個人的にそういうモヤモヤした映画も好きは好きなんで、それが悪いことだとまでは言いませんが。稀に何も意図せずテキトーに作った上で、「この映画の面白さはお客様の感性次第です。」って投げっぱなしにして楽しようとする輩がいるのが嫌いなんです。今作は、ある意味そういう映画の対極にある作品です。

決して単純ではない物語を、繊細かつ丁寧に、誰にでもわかるように噛み砕いて魅せてくれます。

原作小説は未読なので、元から文章が秀逸なのか、映画脚本が素晴らしいのかはわかりません。ただ、それを生かすシーン割りに作画演出に声演、その全てが首尾一貫して「わかりやすさ」を第一に考えてるのがよくわかります。チームでの開発業務の中で、一人でもヒネた人間がいるとできない芸当ですよコレ。

だから、観た映像に対して、製作者が意図した以外の解釈を差し挟むべき隙がない。考察の必要がないのです。

逆に、この作品について自分なりの解釈を求めようとしている人、「あのシーンは私なりにこう解釈した!」って人がいたとしたら、それは単に感度が悪いだけじゃんと。答えは全部映画の中にあるし。曖昧模糊な表現を汲み取るとか、表情から察するとかでなく、明確な言葉でちゃんと説明してくれてるんだから。

あ、でもTVアニメ版の方は最低限全部観てからじゃないとダメですよ。
そこはホラ、ヲタ向けアニメ映画なので。空気読んでください。

『FEZ』 注目されたい
めちゃくちゃ長文だったけど、電車の中暇だったんでがんばって読みました。

"オンラインゲーム運営会社Gamepotについて(自称)元社員からの暴露を投稿→掲示板から即削除"

うん。会社で採用面接とかやると、このテの輩がごまんと来るのでわかります。

志望動機は?って聞くと、兎に角前の会社はこんなに酷かった。今の会社がどんなに酷い環境なのかについてを嬉々としてアッピルしてくる人が多いのです。自分の言い方が意地悪すぎたのかな?と自問自答した後、そうじゃなくて、なんでウチの会社を志望したのかを聞きたいんですけど…。ってわかりやすく聞いてみたところで。

「暴露するにしても、私自身が隠れているのはあまり公平な感じがしないので。」

とか。こういう「前の職場が悪かったから転職したい。」とか、「今の職場よりも御社の方がいいと思った。」という100%逃げの理由で転職しようとしてる人が本当に多いです。それだけならまだしも、上記ソースにあるような「前の職場の暴露話」を、ただ延々とするような人も少なくないです。

それで、あなたはその状況を改善するために、何かしたんでしょうか?

その、言うことを聞いてくれないという開発会社に対して、魅力ある企画書を提出し、説得するための提案を一度でもしたんですか?日本語を理解しようとしない海外のデベロッパーに対して、相手国の言葉を学び理解しようとする努力はしたんですか?言われた指示に従う以外に、何か自分で仕事を見つけなかったんですか?

なんであなたは今更、こんなところで前の会社の悪口を言ってるんですか?

最後の台詞だけは喉元まで出かかって実際に言ったことはないですけど、こういうふうな詰め方をしちゃうと「圧迫面接だった。あんな会社受からなくて正解だった。俺のこの苦しみと怒りを理解してくれる会社はきっと他にあるはず。」とか思われるだけで、よそでも同じようなこと繰り返すんだろうなーと。

「去年の7月に退社して、以降は職探しで死んでました。」

とか。そら、そんな職の探し方をしてたら、死んでないほうがおかしいですよ。誰があなたみたいな揮発性の爆発物なんか雇うかって話ですよ。それで、しまいには元の会社の公式掲示板に長文書き散らして。せめて、もうちょっと読みやすい文章にしようよ。何より、なげーよ。よくその程度の文章力で運営リーダーとか…。

でも、いろんなとこでネタとして取り上げられてもらって良かったですね。注目されてるし。

『現代霊性論』 葬式をやる理由
現代霊性論

内田樹さんという哲学者の人と、釈徹宗さんという浄土真宗の先生の方が死生観から、霊、タブー、霊能者、新宗教、カルト、スピリチュアルブームとか諸々について対談した内容をまとめたご本。なんというか、説教臭くもなく、胡散臭くもなく、極めて良識的で現実的な視点からユルーい感じなのが共感しやすいのです。

中でも、すごくわかりやすい説明だなーと思ったのが「なぜ、葬式をやるのか?」という話。

最近、『葬式は、要らない』という本がベストセラーになってたんでチラ見してみたところ、別に「葬式やんなくていい」みたいなことは全然書いて無くて、単に金のかけ方の問題提起だけがされてたんで、なんだこの詐欺タイトルと思ったりしていて。逆に、なんでやらなきゃいけないのかって部分を詳しく書いた本も他になかったんですよね。

「オレは霊なんて信じないし、仏教も信奉してないから、親が死んでも葬式なんかやらん!」

みたいに、思ってる人は絶対相当数いると思うんですけど。でも、結局やらない人はほとんどいない。普段「葬式仏教がッ!滅べツ!」とか言ってるような人でも、ちゃんとお葬式はやってしまう。法律上でやらなきゃ罰せられるとかそういうわけでもないのに。なんでそこまで不可避なイベントになってしまっているのでしょうか。

なんでかって、やらないと現実的に社会から抹殺されかねないほどの圧力を受けるからなんだそうです。

「お前は親が死んでも墓にも納めないのかッ!」と周囲からフルボッコにされるから。要するに、極めて現実的な利害関係に基づいた理由で回避できないのです。霊とか宗教が科学的見地からでは全く現実味がないというにも関わらず、現実主義的にそれを回避できないというのは本当に興味深い話だと思います。

そもそも、葬送儀礼というのは、霊や宗教の概念に先んじてあるというのも理由なんでしょうけどね。

いやホラだって、死体そのへんにうっちゃっておいたら、蠅がたかって伝染病の媒介にもなりかねないし。それ以前に臭いわグロいわ。埋めるなり焼くなりしちゃった方が現実的なわけです。死んだらどうなるとかいう霊とか宗教のお話はその後に考えられたネタなわけですし。本来信仰とは関係ない儀式なんですね。

あと、今はちゃんと許可とって葬らないと死体遺棄になるんで、葬らないという選択肢はないんですけど。

まぁ、他にも葬式をやることによる現実的なメリットというのも少なからずあると個人的には思っています。これは自分の経験から得た感想ですが、親族が死ぬとその準備やらお金やら死ぬほど忙しくなるんで、正直悲しみに暮れてる暇なんかない。忙殺されてるうちに葬式は終わって、気が付いたら悲しみも弱まってたり。

だから、一番ダメージが大きい筈の配偶者や子供が、一番忙しい喪主を任されるんだなーと。

逆に、アメリカとかだと喪主というシステムはなく、葬儀は業者が全部取り仕切ってやっちゃうそうなんで、家族は式の間もちゃんと悲しむ余裕があるんだとか。でも、その分悲しみを何年も引きずって、毎日喪服着て泣いて過ごすような人も多いんだそうです。現実主義的に考えるなら、日本のシステムのがいいかなと思います。

ちなみに葬式以外でも、「式」とつくものでは、一体なんでそんなことやるんだろう?というものは多いです。

でも、よくよく調べたり考えたりしてみると、そのほとんどに必ず現実的な意味や、合理性に基づいた理由があったりします。例えば、結婚式だって、なんであんなしちめんどくせーやりたくねーと正直思ってましたが、やらないで親戚全部に挨拶周りするとか考えてしまうと、一番めんどくさくない手段なんだなーと。

「式」っていうのは「式を打つこと」、つまり「呪いをかける」的な話をなんかで読みましたけど。

昔の人がいろいろ考えて、現実的かつ合理的に一番うまく行く方法を考えた結果生まれたTODOが、「式」なんですね。そのテキストに秘められた意図なんか別に知らなくたって、そのとおりやればちゃんと機能するというのは、まさに「呪い」の類だとも思います。宗教なんかは、その式を伝播する役割を担ってるだけなんだなーと。

いや、それでも葬式なんかやるもんかッ!!ってチャレンジドな人が出てきてもいいとは思いますけどね。

特に宗教という概念を頭ごなしに否定し、攻撃してくるような人を見ると。じゃあ、お前絶対葬式やんなよ?と思ってしまいます。ていうか、土日も休まず働けよと。いくら社会通念上仕方ないとはいえ、安息日という極めてメジャーな宗教行事に関わるようなひよった考えはいただけません。休むなら他の曜日を自分で決めましょう。

あと、今話題の「非現実青少年」とかいうアレ。宗教を絡めて考えてみると興味深い。それはまた別の機会に。

『ボーダーブレイク Ver1.5』 王族の賭場
『機動戦士ガンダムUC』のDVDを買いに渋谷くんだりまで行ったものの、どこも売り切れで購入できず。

発売日に買おうと思ってたんだけど、朝から晩まで会議漬けで会社抜け出せなかったんだよね…。それでも、こんなにも早く履けてしまうとは、売る側にとっても想定外だったんじゃないかとは思いますよ。宇宙世紀モノ恐るべし。でも、友達とお茶飲んで、『ボーダーブレイク Ver1.5』のロケテストも見てこれたのでよしとしましょう。

ボーダーブレイク』は、ゲームセンターにある大型筐体で稼働中のオンラインFPS(厳密にはTPS)です。

全国のゲームセンターにある個々の筐体とそのプレイヤー同士をネットワークで接続し、最大10対10の20人同時対戦プレイを実現。ゲーセンで遊べるオンラインFPSには、既に北米PCゲームからの移植作『ハーフライフ2』とか数種がありますが、アーケード専用かつ全国規模でのネットワーク対戦を実現したという意味ではお初。

押井守の『アヴァロン』みたいでいぐね?と自分も以前プレイして感想は書いてみました。

個人的な所感を要約すると「親切設計で理想的なオンライン対戦環境を実現してるんだけど、いかんせんプレイ料金が高すぐる。」というものでした。プレイ時間に対する従量課金なのはいいんですが、「コンフィグ設定の時間にまで金をとるの?」という一点の疑念のみが、継続プレイにつながらない障壁と感じてしまったのです。

でも、ゲームとして見ると高いかもしれないけど、趣味として見るなら金がかかる方でもないなとも思います。

そもそも、シューティングゲームや対戦格闘ゲームなど、かつてアーケードの主流だったゲームが衰退し、さらに家庭用ゲームハードのスペックがアーケードゲームのソレを凌駕してしまったことに起因して、ゲーセン界隈の運営方針は大きく変わってしまっていますし。客数が増やせないなら、客単価を上げるしかないという方向へ。

100人から1時間に100円づつとるよりも、10人から1時間に1,000円づつとればいいじゃんかと。

そのために、各ゲームのプレイに特化した特殊な入力装置をもつゲーム筐体と、オンライン対戦型カードゲームやオンラインFPSなど、「ゲーセンでしか提供できない高いゲーム性」をもつソフトが次々と生まれていきました。だから「値段が高い」のは当然で、要はそれに比例してゲームが面白くなってれば何も問題ではないのです。

極論すると、10倍面白いゲームになら、10倍お金を払ってくれる人はいるという話です。

極論ていうか暴論ですけど。まぁ、10倍といわず2,3倍の面白さでも払うよって話だとしても、そんなゲームの面白さなんてそうそうインフレするもんでもないし。実際、高単価に釣り合わず消えていくゲームが多いわけです。そんな中、『ボーダーブレイク』がかなりの隆盛と高評価を得ているのはずっと気になってはいたんですね。

その理由として、「競技としての公平性」が一番の理由なんじゃないかと、考えてみた次第。

FPSに限らず、PCや家庭用ゲーム機で遊ぶオンライン対戦ゲームの類はとにかく不公平です。マシンスペックや回線の速度安定性など個々の環境の差異、誰がホストを持つかだけで同期がとれなくなるのは当たり前だし。チートやサーバーハッキングによっていくらでも特定個人が有利な状況を作ることができてしまうし。

誰もが公平で、純粋にプレイスキルだけを競えるという環境とはとても言い難いものです。

最近世界で売れたゲームで自身もやりこんだ『COD:MW2』のオンライン対戦でも、同期がとれないのはある意味「仕様」と言われ、チートやサーバーハッキングも問題になりました。ただ、実際はそれほど酷い非同期があるわけでもなく、チートなんかしてたのは全体の1%に満たないごく僅かのプレイヤーなんでしょうけど。

でも、その「わずかでもある同期問題」と「1%いるチーター」という事実が、絶対的な疑念を生み出します。

自分が先に撃ったはずなのに、撃ち負けた。弾が当たったはずなのに、相手が死ななかった。自分のスキル不足、または単なる誤認であるこうした場面に立ち会った際、口に出さないまでも、頭の中では疑念が生まれてしまう。今のは、こちら側の回線同期が遅れたせいじゃないか…。もしくは、相手が何かズルしたんじゃないか…と。

"子曰く、顔真っ赤にしながら「今の飛んでないんだが・・」とレバーをグルグルまわしてた。"

この疑念は、ただでさえ不公平な実況に「払拭できない不公平感」まで伴わせてしまう。この不公平感を許容できないユーザーはゲームを去るし、残るユーザーはこの感じを拭えないまま「そもそもオンライン対戦ゲームなんてそんなもんだ…」という諦めとともにプレイを続けるしかなくなってしまいます。

でも、『ボダブレ』は上記の不公平と不公平感を見事に解決しているのです。

そりゃ、アーケード専用ゲームなんだからあたりまえなんだけど。少なくとも「あの店は回線が悪い」とか、個々の環境によって同期が遅れるという話は聞かないし。観衆の中、あの特殊な筐体をガバッて開けて基盤をいじってチートしたり、サーバーハッキングを仕掛けるといったことは、まず考えること自体がナンセンスですし。

何の疑念もなく、純粋にプレイスキルだけを競うことができる。それが『ボダブレ』最大の特性じゃないかと。

それでも他のタイトルなら、「あいつは家に筐体持っててチートしてんじゃないか?」とか、「奴は社員じゃないのか?」とか、「奴は覚せい剤キメてプレイしてるから時間が止まって見えてる。」とか、くだらない噂を立てて不公平感を煽るアホが必ず湧くもんなんですけど。単価が高いのでそういうアホがプレイしない、いやできないのです。

嗚呼、まるで王侯貴族だけが愉しむ高級サロンの中の賭場のよう…。

まさに今ゲーセンが生き残るためには、そういう「お金持ちのための社交場」への変革が必要なんだと思います。それこそ、『アヴァロン』みたいな実体感ゲームが実現できるのであれば、1時間に1,000円どころか何万円でもつぎ込む人は出てきます。アレはキャラロストすると廃人になるので、本当の意味でネトゲ廃人化できますし。

そういうわけで、セガには踏ん張ってもらいたいです。この世からゲーセンがなくならないように!!

『テルマエ・ロマエ』 フロマンガ
TSUTAYAから『ワルキューレ』と『ベイビィ!ベイビィ!ベイビィ!』のDVDが送られてきてはや3週間。一向に見る気が起きないというか、「土日休みにやること優先順位」的に限りなく後回しにされているせいで、おそらく未来永劫観ることもなくなりそうなので、もう観ないで返そうかと。そもそも、映画欲が衰えています。

さらに、iPhoneにしてから情報発信欲まで減りました。なんかもう、超受け身投げです。

ましてや、リアル業務の方が佳境に入ったので(というかあと5か月は佳境が続くので)電車の中で読書するのすら辛い。マンガを読むのがせいいっぱい。ていうか、読もうと思ってて読んでないマンガがいっぱいあったのでちょうどいいかも。なので、最近は毎日違うマンガを買って読むのが習慣化しています。

テルマエ・ロマエ 1巻

ヤマザキマリ著。よく面白い面白い聞くけど、覚えにくいタイトルなので覚えなかった本。簡単にいうと「風呂のマンガ」。面白い。ギャグの系統としては『聖☆おにいさん』に似てる、いわゆる高学歴ギャグなのかもですが、アレほど鼻につくような感じがないので好意がもてます。ただ、この内容でネタがつづくのかどうか心配です。

モテキ 1巻

久保ミツロウ著。これも面白い面白い言われて読んでみました。たしかに、「うん、ああ。こういうのあるある。(自分にじゃなくてですよ?)」という話なので面白いです。ただ、この報われない話がずっとつづくんだろうなぁということを考えると、あまり2巻以降を読んでみたいという気分にはならないのです。

風の谷のナウシカ 1

宮崎駿著。映画はもう何度となく観ているのですが、実はマンガ版を読むのは初めてだったりします。そもそも、ワイド版って2000円高そうなイメージを持ってたんですが、手に取ってみたら400円くらいでやんの。もちろん、面白さに関してはいうまでもないですが、ナウシカが映画版より凶暴…シリアスに描かれていて何か素敵です。

キン肉マン 37巻

ゆでたまご著。最新巻が出た出たという話を聞いていたので、どこかで続きの連載でも始まったのかなと思って読んでみたところ、単にいろんな雑誌で掲載されたスピンオフ話を集めただけの内容でした。フェニックス戦以降の後日談の話。どおりで全部どっかで読んだことある話なわけです。

そういう話を集めて「つづき」に見せかけて売るような商売は、正直いちファンとしては本気でどうかと思います。

ただ、やっぱり『キン肉マン』の面白さって、「どこか脳ミソの歯車がズレている」感覚を楽しむものなんだなーと再認識。ウォーズマンが親から受け継いだ「機械の血」とか、バッファローマンが「腕につけてるアレ」を枕にして寝てる描写とか、完全に狙いすました上でカオス感を醸し出してるとしか思えないのです。



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